地域から発信する

地域からの情報発信、その現状と課題

インターネットの普及によって世界中のどこににいても
情報を受信、発信することができるようになり、
情報の地域格差はなくなりつつある。
「地域」とはもはやネガティブなものではなく、
むしろその独自の風土や歴史を生かして他の場所では体験することができない
固有の体験やコンテンツを提供するものとして
再認識することができるようになった。

[現状:三つの革命が変える地域の位置づけ]

情報革命

地域からの情報発信は、インターネットの登場によって大きく様変わりしつつある。インターネットなどの分散型の情報ネットワークはどこからでも情報発信が 可能で、比較的低予算で運用できるので、地域からの情報発信には大変有効な手段である。従来は雑誌に掲載料を払ったり広告代理店を通して広告を打っていた が、自前のwebサイトによって安価かつ素早く情報を発信することができるようになり、地域からの情報発信力は飛躍的に高まった。また地域に居ながらにし て他の地域や世界中の情報が収集できるため、情報収集能力が飛躍的に高まり、どんな辺境の地域であってもデザインのクオリティーを上げることができるよう になってきた。

生産革命

現在は多種多様なオンデマンド生産技術の発達によって、オンラインによるデザイン入稿や発注、多品種少量生産や納期の大幅な短縮が可能になり、以前に比べて地域において制作できる媒体や製品の種類は大幅に増えている。

流通革命

現在では全国に宅配便の配達網が整備され、生産者や発注者がどこに位置しているかは問題ではなくなっている。またネットによる決済も発達し、流通においても都市や地域といった地域格差は存在しなくなりつつある。
以上のような情報、生産、流通の革命によって、地域に居ても様々なデザイン活動や情報発信、コミュニケーション活動をおこなえる可能性が格段に広がってきた。次にそのような状況の中で浮かび上がってきた課題について考えてみたい。

[地域からの情報発信の課題]

多様化する媒体

現在は地域からの情報発信の手段はwebサイト、 映像、音楽、各種紙媒体、空間、ディスプレイなど、実に多様化しており、その多様化する媒体のイメージや情報の一貫性、連続性を確保し、それぞれの媒体間 でのデザイン調整をおこなうことが重要になっている。制作する媒体が多くなると、ややもするとデザイナー間のコミュニケーションや調整がないままデザイン がおこなわれ、全体として一貫性、連続性のないデザインができる可能性も高くなっており、その危険性を回避するためにも、全体のコミュニケーションを円滑 にし、デザインの方向性を明確にするなど、デザイン調整や意思決定をおこなうディレクター的な存在が重要になっている。またディレクターには多様な媒体の デザイン、制作に関与するための基本的な知識や技術が必要とされる。クライアントもそのようなディレクターに一括して仕事を任せるほうが手間も省けるメ リットもある。

専門化、特殊化、複雑化するメディアテクノロジー

現在は多様な情報媒体を制作するための技術は高度化し、専門化、特殊化、複雑化しており、それらの媒体を制作するスタッフ、技術者も専門化している。その ような状況においてはwebプログラマー、ビジュアルデザイナー、カメラマン、イラストレーター、映像ディレクターなど多様な立場の専門スタッフ間の調整 をおこない、トータルな視点に立って方向付けするディレクター的な存在が重要になっている。また特定の専門スタッフ間での共通言語を持ち合わせていない場 合もあり、それらの相互理解を促進、調整する人材は重要になっている。

インターネットの発達とデザインの役割の変化

現在は地域に居ながら、先端的なプログラムを利用してwebサイトやスマートフォンのサイトを作成することができるようになり、情報端末のモバイル化に よって、よりきめ細かいパーソナルな情報発信や双方向的なコミュニケーションが可能になっている。例えばGPS機能つきのスマートフォンが普及し geolocationの機能によって、地域の特定の場所までの誘導効果が高まり、CMS(Contents Management System)やSNSの普及によって、誰もが簡単にインターネットを通じて情報を発信できるようになってきた。そこでデザイナーやディレクターの役割も ビジュアル面の制作のみならず、いかにスムーズの情報発信できるようにするかというシステムの提案、構築も重要な役割になっている。多様化する媒体やテク ノロジーの特性を知り、それらの技術をどのように組み合わせて利用することによって最適な効果を発揮するかといったコンサルティング的な役割も重要になっ てきている。

専門領域の明確化とコミュニケーション能力の向上

インターネットの発達と安価で扱いやすい各種機器の普及により、デザインに関わる個人ができる仕事の幅は大きく広がり、その個人の能力と意欲次第で仕事の 可能性は大きく広がっている。しかし一方何でも一人の人間がこなさなければならないという局面もまた多くなっており、多様な仕事を抱えて個人や現場が疲弊 してしまうという危険性もある。仕事の幅は広がる一方、それぞれの領域の専門性は益々高度化されており、一人の人間が何でもできるという時代でもなくなっ ているのもまた事実である。そのような状況において制作現場の個人は幅広い能力を持つとともに、自身の専門領域を常に意識して、他の専門家に任せることは 任せ、それらの専門家との恊働作業やコミュニケーションができる能力が重要になってきている。

情報の集約と組織のありかた

地域の情報デザインの現状を見ると、 多様な組織が相互の連携がないまま思い思いに自分たちでチラシやマップなどを制作していたりするので、その地域に行ってもチラシやマップを何枚も手に入れ なければならなかったり、情報が散逸したり重複しているケースがある。このような状態は対外的にマイナスイメージになるばかりか、情報の混乱をまねくこと もある。そこでまず情報を集約し全体を俯瞰する視点が必要になる。情報が集約されまとまった状態であれば、ユーザーにとってはいろいろなチラシやマップを 集めるといった煩わしさがなくなり、利便性が高まると同時に、その地域が全体としてまとまって広報をおこなっているという信頼感と安心感を与えることがで きる。地域のデザイン媒体には多様な組織が絡んでいる場合もあり、媒体や組織、予算を統一するのは骨の折れる仕事であるかもしれないが、 デザイン以前に組織の構造や組織間のコミュニケーションのあり方を見直す必要がある場合が多い。

情報の組織化、構造化

次に集めた情報は論理的にカテゴリを分類、階層化して、情報の構造を明確にすることが必要になる。情報が集約、網羅され、バランスがとれて整然と構造化、 階層化された状態では、必要な情報にスムーズにたどり着くことができるので、ユーザーのストレスを軽減することができる。特にwebサイトやスマートフォ ンサイトなど、一覧性が低い媒体では、論理的な階層構造やカテゴリ分けが重要になる。

情報の発信、更新

インターネットが発達した現代では、情報の出ていないところには誰も行かないと言われるほど、情報の発信が重要になっている。しかしが逆に言えば、まず情 報を出すことによって、そこに価値を生み出してゆくことが可能になる。情報の質ももちろん大切だが、絶えず情報を発信し更新することによってそのwebサ イトは生きたものになる。
情報は神経や血液のようなものだ。人体でも神経や血液がいきわたらないところは壊死してしまうように、情報のないところには人も物もお金も流れてゆかない から、壊死しているも同然になってしまう。健康な人の血流のように情報が滞りなく流れることによって人やもの、お金の流れもよくなり、地域は活性化し「健 康」な状態になる。現在はwebサイトやtwitter、FacebookなどのSNSなど、手軽にリアルタイムに情報発信ができる媒体が多くあるので、 最後はその情報を発信する人間の情報発信力やコミュニケーション能力の重要になってくる。

コンテンツの開発

いくら情報発信の体制ができても、それをとおして何を発信するかという情報の中身が無ければ何もは発信することはできない。そこでその情報の中身、コンテ ンツを開発したり、今まで気がつかなかった埋もれたコンテンツがないか発掘してみる必要がある。地域には実はそれが埋もれているだけ、あるいは自分たちが 気がつかないだけで優れたコンテンツの種が沢山あるかもしれない。地元の人にとっては何でもないありふれたものであっても、他の地域の人の目から見ると、 そこにしかない特別なものである場合もある。時には外部の人の客観的な目で見ることによって、新しい発見をしてみることも必要だ。
人間はインターネットなどのバーチャルな情報のみで満足することはできない。インターネットの情報は入り口にすぎず、そこを入り口として本来の体験である リアルな体験を希求する機運も高まっている。インターネットの先にある豊かな実体験こそが、本来人間がもとめているトータルな満足感につながるのであり、 バーチャルな情報と、その先にあるコンテンツの両面をバランスよく整備することが必要になる。

差別化、個性化

インターネット内の仮想空間においては、あらゆることがフラット化しており、いかなる大企業も個人も、インターネットのwebブラウザという同じプラット フォームから発信するので、そこにはもはや中央とか地方、大、小といった従来の物理的、社会的な概念は意味をなさなくなりつつある。インターネット上では すべてが比較検討が可能であり、その個人や地域が他の個人や地域とどのように違うのか、どんな個性があるのかといった、他との差別化、個性化を模索しない と多数の情報の中に埋没してしまう恐れがある。そこでその地域の一番の「売り」は何か、特化させるものは何かなど、他の地域との差別化を考え、明確なアイ デンティティーを強く打ち出す必要がある。

ビジュアルアイデンティティーの明確化

その地域の一番の「売り」が明確になったら、それを具体的なネーミング、 キャッチフレーズ、 コピー、webサイトの検索キーワード、webサイトのドメイン名などの言語・情報系と、シンボルマーク、ロゴタイプ、キャラクター、イラスト、写真、カ ラーリングやパターン、エレメントなどのビジュアル系の両面について具体的な形に落とし込むことが必要になる。そうすることによって対外的なイメージが明 確になる。

クロスメディアデザイン的に、情報の連続性とイメージの一貫性

現在はwebサイトや各種紙媒体、ディスプレイやキャラクターなど、デザインする媒体は非常に多様化しているので、それらの各媒体をその特性を生かして連 動させながらトータルに情報伝達効果を追求するクロスメディアデザイン的な考え方が必要になっている。しかしややもするとそれらの媒体が乱立して、全体と して統一感のない状態になり、個々の媒体も十分機能していない場合があるのではないか?例えばキャラクターをつくってもそれをどう生かし運営していくかと いった持続的、全体的な視点がなければ、そのキャラクターを生かすことはできない。個々の媒体をつくると同時にそれらの媒体の目的を明確にし、それぞれの 媒体が連動して機能することによって効果的な情報伝達をおこなうことができる。そこで各媒体間のイメージの一貫性、同一性を確保するとともに、各媒体の特 性にあった情報を選択し、それらの媒体間の情報の連続性を確保することも必要になる。

動的に

デザインの要素は主に「情報」と「イメージ」に分けられが、多様な情報やイメージが氾濫している現代社会には、よりシンプルで分かりやすい情報の提示が必 要になる。また従来型の情報媒体はどちらかというと「静的」な待ちの姿勢であるのに対して、現代はより動的で積極的なプロモーションをしかけてゆく必要が ある。近年話題を集めている「ゆるキャラ」などはその良い例だろう。親しみやすく分かりやすい「ゆるキャラ」でまず視目を集め、そして次の媒体へとつない でゆくことで、「ゆるキャラ」はまさ動的なコンタクトポイントの役割を果たしていると言える。

最新の動向をフォロー

いくら地域からの情報発信であっても、ひとたびネット上に情報が上がってしまえば、それは全国から、全世界から閲覧可能になる。そういう意味では地域から の情報発信だとしてもクオリティーは求められるし、事実近年は地域の情報を発信するウエッブサイトでも、クオリティーの高いサイトが増えている。ウエッブ サイトをはじめ各種の媒体のデザインのクオリティーを上げ、最新の動向をフォローすることによって、その地域のイメージを向上していゆくことが必要にな る。

長期的に持続的に

地域からの情報発信においては多くの地域住民がかかわるケースが多く、必ずしもトップダウンで物事が素早く決まって進んでいくとは限らない。デザイン制作 をおこなう場合も、時間をかけてゆっくりと地域の住民の合意を得ながら進めていくことが必要な場合も多いだろう。地域のことについて理解を深めたり地域の 皆さんと顔の見える関係をつくっていくことも時間がかかる。そのような状況においては、性急に結果を求めず、その地域に密着して長期的かつ持続的に活動を してゆく姿勢が必要になる。

運営、更新体制

近年のウエッブサイトやゆるキャラなどは一度作ったら終わりではなく、常にメンテナンスや更新をしてゆく必要がある媒体が増えている。ウエッブサイトやゆ るキャラなどは、より動的な媒体で訴求力も高いが、その特性を生かすためにも絶えず情報の更新やメンテナンスをしてゆかないと、すぐに陳腐化してしまう恐 れがある。ひところのウェッブサイトの立ち上げのブームであったり、ゆるキャラブームにのって、「ヨソでも作っているからウチも作ろう」といった発想でつ くっても、それを絶えずメンテナンスしたり、運営する予算や体制、人材などのバックアップ体制がないと運営が続かずに放置されるケースも多いのではないだ ろうか。webサイトやゆるキャラなど、宣伝、広報効果の高い媒体だが、それを絶えずメンテナンスして生かし、育ててゆく必要があり、その運営体制、予算 なども十分検討してゆく必要がある。

地域だからできるトータルな仕事

地域でのクロスメディアデザインの展開は比較的小規模になるが、小規模だからこそできるメリットも多い。関わる人間やカバーするエリアが限られているの で、少人数で全体像を把握し、トータルに情報やイメージをコントロールすることが比較的容易である。地域に密着した活動をとおしてデザイナーも単なる歯車 ではなく自分の仕事の役割や目的意識が明確になり、その仕事の結果や効果が見えるという状況にあるので、仕事に対するやりがいを感じることもできる。

Print Friendly, PDF & Email