インターネットやパーソナルコンピュータの 思想の根底にあるセルフビルド精神

文化や情報を自らの手で創造し発信しよという動きは近年高まっている。
その動きに大きな役割を果たしているのが、
パーソナルコンピュータやインターネットなどの情報テクノロジーだ

セルフビルド思想の歴史

パーソナルコンピュータやインターネットの開発思想の根底には、「自分で必要なものは自分でつくる」というセルフビルド的な精神がある。セルフビルド(selfbuild、Do it yourself=DIY)とは、住居などの部分的な補修作業などをすることが一般的なイメージであるが、DIYという言葉には「自身で作る」という考え方を広く生活態度そのものに適応させようとする精神性を指す場合もあり、「DIY精神」(DIY ethic)として、企業や巨大な社会システムによって作られた製品やサービスに頼らず、個人が自主的に手作りで代替物を生み出す態度を推奨する言葉でもある。 こうした態度は、自主イベントや草の根の政治・社会運動から、自主制作誌(ミニコミ、Zine)、インディーズ音楽レーベルなどのサブカルチャー全般に至るまでの多様な領域において論じられる。
特にセルフビルドが注目されるようになったのは、60~70年代の対抗文化(カウンターカルチャー)の時代だ。1960年代後期はベトナム戦争、公害問題、環境問題などの多くの社会問題を抱えており、それまでの体制による支配に異議を唱える世代が台頭し、それらのカウンターカルチャー(対抗文化)の世代の若者が自分たちで家を建てたり、自給自足的な生活をめざすなど、自分自身の生活やライフスタイルを自分で創造することを模索しはじめた。
そのような時代の流れの中で、体制に依存せず誰もが自由に自分たちの手で創造し、情報の発信や共有ができるシステムを手に入れたいという欲求が生まれ、それがパーソナルコンピュータやインターネットブラウザなどの開発へとつながってゆく。

1960年代 カウンターカルチャーの時代、セルフビルド(自給自足)的発想

1960年代のカウンターカルチャーのムーブメントが収束を迎え70年代を迎える頃、アメリカのカリフォルニアで大型のカタログ「Whole Earth Catalog」が出版された。それはアップルコンピュータ社の創始者スティーブ・ジョブスの言葉を借りれば「Googleが登場する以前のペーパーバック版のGoogle」であり、その後のインターネットの検索エンジンの原型となったとも言われているものである。ちなみに後年スティーブ・ジョブスが語って有名になった「Stay Hungry, Stay Foolish」という言葉はWhole Earth Catalogからの引用である。
Whole Earth Catalogは大判の紙のカタログであるが、その後のパーソナルコンピュータやインターネットの開発者たちに多大な影響を与え、その思想的な原点になったものと言われており、Whole Earth Catalogの発想の中に既にパーソナルコンピュータやインターネットに通底する精神の萌芽を見て取ることができる。パーソナルコンピュータやインターネットが開発される前にまずその原点となった理想があり、whole Earth Catalogのような紙の媒体をベースでまずそれは具体化され、その後、多様なソフトやハード、操作デバイス、ユーザーインターフェースが開発されて、現在のパーソナルコンピュータやスマートフォン、タブレット、インターネットへとつながっているのだ。それではそのWhole Earth Catalogとは何か、その思想とは何かを見てみたい。

[Whole Earth Catalogの思想]

まずWhole Earth Catalog の目次のタイトルからその思想をさぐってみたい。

1-Access to tools 有益な道具を手に入れる

Whole Earth Catalogにはマクラメ網の作り方から、薪割りの道具、家畜の飼い方の本の紹介、自然農による農耕の方法の紹介など実に多様な道具や情報が掲載されており、その当時の体制や巨大な資本、マスコミによって支配、抑圧された若者たちが自分たちの手で自分たちの生命活動や生産活動を維持してゆくための具体的な情報と精神的な示唆をあたえている。
また道具の紹介だけでなく、通信販売で手に入る購入先などの情報や価格も記載されており、どこに居ても安価でだれでも手に入れることができる情報や道具をオープンにすることによって、地域や人によって情報の格差をつくらないというフラットな思想は、現在では安価になったパーソナルコンピュータやどこでも接続できるインターネットショップ、そしてスマートフォンなどによってより身近なものになっている。またWhole Earth Catalogはある種のデータベースであり、幅広い分野の情報を網羅し蓄積し、それらの情報をオープンにして共有しようという思想は、現在の検索エンジンなどにも受け継がれている。
情報をオープンにして共有するという思想は基本的に、現在のインターネット文化にも見てるとことができるが、例えばインターネットのウェブ上の文書を記述するためのマークアップ言語であるhtml(HyperText Markup Language)などはオープンソースであり、誰もが自由に記述することができる。オープンソースの定義とは、自由に再頒布ができること、ソースコードを入手できること、派生物が存在でき、派生物に同じライセンスを適用できること、個人やグループを差別しないこと、再配布において追加ライセンスを必要としないこと、特定製品に依存しないこと、技術的な中立を保っていることなどがある。パーソナルコンピュータやインターネットのプログラムやハード、デバイスは一人の人間や一企業によって開発されたものだけでなく、多くの開発者にその理想が共有され、その集合知の集積によって今日のインターネットの発達はもたらされている。何事もオープンにして共有するという思想がなければ、現在のようなインターネットの発展は決してなかったであろう。

2-システム全体の理解、 脱領域的、横断的、トータルな視点

1968年のWhole Earth Catalogの創刊号ではバックミンスター・フラーや日本の茶室、有機農法、アウトドアグッズなど非常に幅広い知識や情報、ツールが網羅されており、特定の分野や手法に偏らない、脱領域的、横断的、クロスオーバー的な思考により、従来の分析的思考からより幅広い包括的な思考によって新しい知の領域を開拓しようという意思が感じられる。折しもアポロ宇宙船から撮った地球の写真が表紙に使われており、全地球を俯瞰してみる「地球意識」とでも言うべき全体をトータルに俯瞰して見ようという意識が象徴的に表現されている。

3-Nomadics ノーマディクス(遊牧的)

まるで遊牧民のように特定の場所や組織を持たず、属さず、個人で生活や活動をおこなうこと。現在はインターネットやラップトップコンピュータ、スマートフォン、タブレットなどの発達によって、? 特定に組織に属さず、地理的、時間的な束縛から解放されたライフスタイルが可能になりつつある。

4-independent (自主独立)

体制や大きな組織から独立して生きるということは、カウンターカルチャーのムーブメントの重要な要素だ。その後、パーソナルコンピュータの開発やインデペンデント映画製作、音楽シーンにおけるインディーズレーベルの立ち上げなど、情報や音楽の分野におけるテクノロジーの発達によってindependentな生き方は現実的な選択肢になっている。

静かな革命、Whole Earth Catalogの理想が具現化されつつある現在

現在は家庭用ゲーム機でもモーションコントロールが可能になり、スマートフォンではGPSを使ったGeo Locationが可能になったり、音声ガイドがいろいろな質問に答えてくれる。まるでひと昔前に「マルチメディア」のショーや展示会、メディアアートの展覧会でしか体験できなかったことが、身近な現実のものになっている。60年代から理想を抱き開発と実験をくりかえしてきた様々なテクノロジーが、今はとてもオープンな環境のなかで誰もが使えるものになりつつある。先端的なテクノロジーが単なる理想や実験、デモンストレーションではなく、日常生活や社会の中で実際に機能する段階になった。そしてインターネットの回線があるところではどこでもインターネットに接続して、誰もがどこに居ても世界中の情報を集め、世界中に情報を発信することができる。これはまさにWhole Earth Catalogの理想が具現化されている姿ではないだろうか。
60年代は大きな国家や軍隊、巨大な資本や政治体制に対して、デモやロックフェスティバルなどをとおして異議を唱えて立ち上がった時代だった。しかしデモなどの物理的な抵抗運動は制圧されて革命の夢は霧散し、70年代になると一様にシラケた無力感が社会を覆った。しかし一方でWhole Earth Catalogやその後のインターネットやパーソナルコンピュータの開発は多くの開発者たちによって進められていった。それは60年代の武力的な闘争ではなく、インターネットやパーソナルコンピュータによって個人の能力を拡張し、情報を共有し、人間の意識や情報の流れを変え、社会のシステムそのものを転換していこうという、武力を用いない「静かな革命」だったと言えるだろう。

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