三ケ峯里山ハウス 自給自足からネットワーク、共生へ

投稿者:

2017年度日本映像学会 中部支部 | 第2回研究会
2017年12月9日(土)13:30より
愛知県立芸術大学 新講義棟大講義室


愛知県長久手市や愛知県立芸術大学においてワークショップ形式で家を立てるプロジェクト「三ケ峯里山ハウス」の背景と経緯、手法について述べた。またその家とその周辺の自然環境をフィールドとしておこなってきた「親と子の野外体験ワークショップ・フォレスト」や「ながくてピクニック」などの様々なフィールドワークやワークショップについて報告し、その活動とサイバネティクスと共生の思想との関連について述べた。


 愛知県立芸術大学の石井研究室では2005年から大学の敷地内で農耕を始め、2007年から学生と家を建て始めるなど、自給自足的な暮らしを目指した活動を始めた。そして2008年から地域の住民と自然体験のワークショップを始め、その後地域の農ある暮らしのポータルサイトを制作し、地域の住民の交流イベントを開催するなど、ネットワークや地域の交流を含めた多様な活動をしている。本発表では学内で家を建てた経緯とその後の活動の推移を報告し、さらにその活動と1960年代以降のカウンターカルチャーとその後のサイバーカルチャーや共生の思想との関連について考察する。

農耕や家の建設、自然体験のワークショップなどの一連の活動を始めた当時は、2006年にアル・ゴア元アメリカ合衆国副大統領の映画『不都合な真実』(原題: An Inconvenient Truth)が公開され、地球温暖化などの環境問題がクローズアップされていた。また日本においても地域の過疎や環境破壊、森林の荒廃や農、食などの様々な問題が表面化していた。また当時はインターネットが高速回線に常時接続され、スマートフォンやSNSが普及しつつあり、誰もがどこでも多様なコミュニケーションができる様になりつつあった。そして都会や屋内の環境に縛られることなく、野外や地域、社会そのものが活動のフィールドになりつつあった。一方インターネット上には複製可能で再生可能な情報が氾濫し、複製不可能なモノや、再生不可能なその時その場でしかできないコトや体験が価値を持つ時代になりつつあった。

その様な時代背景の中で、環境について考え、フィールドワークや体験、地域の特徴を生かしたモノやコトのデザインをテーマに、自然農による農耕や家の建築、地域の住民との自然体験のワークショップは継続された。しかし当初の自然農を中心とした自給自足的な暮らしの実現は、生産性の低さと過大な労力のために限界に達した。そして2011年に東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故があり、エネルギーを自給することの重要性を感じ、建てた家にソーラーパネルや風力発電機とバッテリーを備え付けて自然エネルギーの利用の実験を始めた。また震災を通して地域の住民同士の関係を作ることの必要性を感じ、地域の農ある暮らしのためのポータルサイトや地域の観光・交流のためのwebサイトを制作した。また地域の住民が集まって交流できる音楽とアートのイベントを始めるなど、当初めざした自給自足的な暮らしから、インターネットを使ったネットワークへ、そして地域住民の交流と共生をめざす方向へとテーマは推移していった。

これらの推移は結果として、1960年代以降のカウンターカルチャーの時代のコミューンなどが目指していた自給自足的な共生社会への理想が挫折し、若者は都市へ回帰し、ネットワークなどのサイバーカルチャーの中で共生を目指した流れと重なるものがある。しかし1960年代のカウンターカルチャーの時代に自給自足的な共生社会の理想が挫折した背景には、それらを実現するための実際的なツールが存在しなかったことがあげられる。しかしその後Whole Earth Catalogなどの雑誌によって様々なツールへのアクセスが可能になり、パーソナルコンピュータなどの個人の能力を拡張するツールや、パソコン通信などのネットワークのためのツールが開発されていった。そして現在ではスマートフォンやインターネット、様々なオンデマンド生産技術や自然エネルギー、電気自動車などの水平分散型の情報、生産、エネルギー関連の技術へのアクセスが可能になり、オープンやシェア、フィードバックといったサイバーカルチャーが目指した思想が社会の中で一般化しつつある。そして現在は1960年代に夢見た共生社会を、様々な現実的なツールを獲得しながら現実社会の中で実現して行く過程なのではないだろうか。その様な問いを元に、今後も地域において実践的に研究をおこなう。

print
Print Friendly, PDF & Email